

■えっ!?
清水「メジャーの契約が切れることになった時は、正直、めちゃくちゃ弱ってましたね。『もう、ここまでか』『諦めようか』っていうところまでいっちゃってたんですよ。各々が自分達の生活をどうしていこうかっていうことを考えていたと思うし。だけど、こうしてJun Grey Recordsに声もかけてもらったこともあって、もう一度夢を追いかけようっていう感じになれたんですよね。それで4人の意志が固まったし、そういう気持ちでアルバムも作れて。2012年の末にKen Bandと演った時は、まさに今メジャーを離れるっていう時だったから、いまいち実感がないままKenさんやJunさんに話してたんですけど」
Jun「で、年が明けて2013年に大月と話した時は、大月が『バンドとして、続けていこうかどうか考えてる』なんて言うから……とにかく『もったいねぇよ!』って説得し続けて。俺のレーベルでやるかやらないかっていう話じゃなくて、俺はいちファンとしてUNLIMITSのポテンシャルを知ってるからさ」
■そうですよね。Jun Gray Recordsのオフィシャルインタヴューでも「2ビートのパンクに昭和歌謡が乗ってくるのがガツンとくる」って、UNLIMITSの魅力を熱く語られてましたよね。
Jun「そう、そう。だから、あと2、3年やってみて、それから答えを出しても遅くないんじゃないの?って説得したんだよね。それで自分のところからリリースできたらいいな、とは思っていたけど」
■そうやって口説かれて、大月さんはどうだったんですか?
大月「そうですね……ふたつ返事ではなかった、って言いましたけど、僕達としては別に渋ってるわけではなかったんですよ。それで、Junさんと一緒にご飯を食べた後に横山(健)さんからも電話がかかってきて、凄く口説かれて。……なんか、僕達がめっちゃ渋ってるみたいになっちゃったんですよ(笑)」
■ははははは!
大月「やっぱりメジャー時代にリリースが結構ハイペースだったので、2013年どうしようかって考えた時に、リリースのペースは守らないでもいいと思ってたんですよ。ムチ打って作っていた部分もあったとは思うし……ゆっくりとやっていければいいなって考えていたんですけど、今思うと、声をかけていただいたのは凄くタイミングがよかったなって思いますけどね。……やっぱり、20代前半の頃だったら、目の前のことをただひたすらにやればいいって思えてたと思うんですけど、歳をとってきたり、いろんなレーベルでやらせてもらったりしていい思いをさせてもらったりしてくると、直感だけでは動けなくなってくるなって思ったんですよ。余計なことも考えるようになってくるし。生きていく上で、どういうスタンスでバンドっていうものと向き合っていけばいいのかっていうことを考えるようになってくるというか」
■郡島さんと石島さんは、バンドを続けていくか続けないかっていう話になった時にどういうことを考えてたんですか?

郡島「私は、もうバンドはやらないって思ってましたね」
■そんなにバチッと心が決まっちゃってたんですね。
郡島「そうですね。9.5割くらいは、もう辞めるって思ってました。私ももう30歳を超えたし……石島さんはもうすぐ40だし(笑)」
■人の年齢まで考えたんだ(笑)。
郡島「(笑)。第二の人生、じゃないですけど、人間として、将来バンドがポンとなくなってしまった時に自分に何が残るんだろう?とか、ちゃんと考えたいなって思ったんですよ」
■「バンドをやりたい」っていうこと自体が目的だったのが、メジャーも経験するうちに、バンドが「生業」になって、生活を組み立てていく手段のひとつになっていったのがデカかったんですね。
郡島「そうですね。やっぱり、『先の人生』を考え始めるのが、30歳を過ぎた時だったというか。それが、メジャーを離れるタイミングと重なったのかもしれないし。UNLIMITSっていうバンド自体がもしかしたら必要とされていないんじゃないかっていくくらいまで考えてしまったし」
大月「今冷静に振り返ってみると、メジャーの時は何かにとり憑かれていたなっていう感じはしますね。別に、楽しくなかったかって言われれば楽しかったし、ライヴも悪いライヴをしていたわけじゃなかったし、お客さんとも楽しくやれてたんですけど……」
郡島「うん、わかるよ。なんていうか、自分達自身の魂がどっかにいっちゃってた感じなのかもしれないね」
INTERVIEW BY 矢島大地(MUSICA)
Vol.2 へ続く